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最高裁判所第三小法廷 昭和57年(行ツ)141号 判決

愛知県岡崎市八帖町往還通一八番地

上告人

木藤孝一

愛知県岡崎市明大寺本町一丁目四六番地

被上告人

岡崎税務署長 西尾高明

右指定代理人

崇嶋良忠

右当事者間の名古屋高等裁判所昭和五六年(行コ)第一六号所得税審査等決定取消請求事件について、同裁判所が昭和五七年六月二四日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について

所論の点に関する原審の判断は、原審の適法に確定した本件の事実関係の下において、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原判決を正解しないか又は独自の見解に基づいてこれを非難するものであって、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤正己 裁判官 木戸口久治 裁判官 安岡満彦 裁判官 長島敦)

(昭和五七年(行ツ)第一四一号 上告人 木藤孝一)

上告人の上告理由

第一点 原判決の判断に判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

即ち原判決は、上告人の先代木藤荘吉が訴外上原利幸との間で締結した土地売買契約について次の如く判示している。

上告人先代荘吉は、その所有にかゝる岡崎市八帖町字川崎六一-一外三筆の土地計四五八平方米が、訴外岡崎八帖土地区計整理組合(以下組合という。)によって土地区画整理事業を施行された結果、同事業区域内四街区一二ロットの三〇七、八四平方米の地積をその仮換地として指定を受けた後、これをその換地処分の公告を待つことなく、訴外上原利幸に売渡したのであるが、その土地売買契約書(乙第一三号証)において、売買の目的物は登記簿上の移転は従前地四五八平方米について行われるにせよ、実質的には荘吉が換地処分の結果取得すべき換地であるとして、売買代金の評価算出、売買現物の引渡し、これが代金の清算等のすべてが行なわれることとされているのに拘わらず、原判決はその理由一、二、三においてその判断を述べ次の結論を主張する。

即ち「荘吉と訴外上原との売買は、本件従前地(四五八平方米)の売買であり、換地処分は訴外上原に対してなされたのであるから、換地処分によって本件従前地を訴外組合に譲渡したのは荘吉でなく訴外上原であることが明らかである。従って、荘吉は直接的には右減歩による不利益を負担したということはできない。なお同様の理由により改正前措置法(租税特別措置法をいう。以下同じ)三三条の三、三三条の六は本件には適用されない。」旨を述べるのである。

然しながら所得税法一二条によれば「資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属するものが、単なる名儀人であって、その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する者に帰属するものとしてこの法律の規定を適用する。」旨定められている。

本件裁判が措置法三一条の三(昭和五四年法一五号改正前のもの。以下同じ)の適用に関する争いであり、所得税法等の特例を定める法律である措置法において特に所得税法一二条の趣旨の適用を排する旨定めていない以上、本件について同条の適用があることはいうまでもない。

乙第一三号証による土地売買契約は、その第一条、第二条及び第七条からこれをみれば、売買の実質目的が換地処分による保留地の減歩負担並びにその譲渡収益を売主に帰属せしめた上で招来される換地となされていることは明らかであって、原判決のいうが如く買主が従前地を譲受けたということは、単に法律上の名儀人として取得したのに過ぎず、従って換地処分に至る間の保留地減歩数量の移動による売買目的物の増減あるいは清算金の授受等の効果は売主荘吉に帰属し、買主上原に及ぶものではない。

換地処分の結果、組合から清算金が上原に交付されたとしても、それは名儀のみであってこれを実質的に収授するのは、売主荘吉である(このことは乙第一三号証の第七条で明らかである)以上、所得税法一二条によりその収益は荘吉に帰属するものとして措置法三三条の三、三三条の六が適用されるのは当然であるに拘はらず、原判決がこれらの規定は本件に適用されないとすることは、明らかに所得税法一二条の趣旨に違背する判断といわねばならず、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第二点 更に原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用の誤りがある。

即ち原判決はその理由四において土地区画整理法(以下整理法という)九四条で規定する清算金について、区画整理施行前の従前の土地と換地処分後の換地との経済的価値が等しくできない場合に、これを是正して相等しくなるよう清算金を交付又は徴収するものであるかの如く述べているのであるが、同条の清算金にはそのような性格は全くあり得ない。同条の定める清算金とは、換地処分の結果各宅地に生ずる不均衡を金銭によって清算するため、予め換地計画において従前地及び換地の位置、地積、土質、水利、利用状況その他の諸条件を考慮して夫々の基準値を金額(経済的価値に一致するものではない)で定めて置き、換地処分に際してその基準額によって従前地、換地の価額を算出してその差額を清算金として交付又は徴収するものであるが、このようにして各宅地につき算出された金額(本件区画整理においてはこれを権利価額という)は不均衡是正のための手段としての標準額であるに過ぎず、当該土地の経済的価値とみなし得ないことは、乙第一一号証に記載の本件売買目的物である換地について算出された権利価額がその売買価格(乙第一三号証の第二条)の二分の一にもみたないことからも明らかである。

区画整理事業の結果土地の経済的諸条件に変動をきたし、そのため従前の土地の価額に比し換地の経済的価値が増価するにせよ、あるいは減価するにせよ、その相当価額を清算金として徴収し又は交付するが如きことは何等規定していないのであって、このことは整理法三条三項又は四項による整理事業の場合、区画整理施行後の宅地が清算金による清算を行ないつゝも、尚かつ区画整理前の宅地の価額に比し整理後の価額が減少する場合もあり得ることを予期しその減価を補償するため同法一〇九条で減価補償金の規定を定めていることからも明らかである。

若し原判決のいうが如く清算金により従前地の経済的価値と換地のそれとが等しくできるものであるならば、同一〇九条は何等存在の意義を有せざる規定といわねばならない。

それにも拘わらず原判決が清算金をもって、換地の経済的価値の増減を是正し得るが如くに解して「清算金が定められたことが認められるから、換地面積を基準として算定された本件従前地の売買代金は、土地区画整理事業が施行されなかった場合の本件従前地の価格に等しいか又は高額であると認めるのが相当であるから荘吉は減歩による不利益を間接的に負担したということもできない」とする判断は、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

第三点 原判決には判決の結果に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背並びに理由不備ないし理由齟齬の違法がある。

一、即ち土地区画整理の事業の費用を捻出するために、土地所有者に課された保留地の減歩負担は、措置法三一条の三第一項但書一号にいう改良費に該当するとする上告人の主張を原判決が認めない理由として論述するところは次の如くである。

(一) 土地区画整理による換地処分が行なわれた結果、区画整理前の従前地に比し、処分後の換地には面積の減少(減歩)が認められ、この減歩面積が組合の事業費に充てるための保留地面積の一部に相当することは明らかで争いのないところである。(原判決一〇枚目裏六行目より)

(二) 右の事実からもし従前の土地の価格と換地の価格がその単価において同一であるならば、土地所有者は減歩による不利益を間接的に負担したこととなる。(原判決一一枚目表一〇行目より)

(三) 然しながら土地区画整理は、その事業の施行によって道路等の公共施設の整備改善、宅地の整然とした区画等によって単位面積当りの利用価値、経済価値は、換地の方が従前の土地よりも増価するのが通常である。(原判決一一枚目裏五行目より)

(四) 而して整理法八九条一項、九四条等の規定に従って従前地と換地は照応する如く定められ、経済的不均衡は清算金で是正されるのであるから、仮換地指定後の従前地の売却代金額が、換地面積を基準として算定されたとしてもその価格は区画整理前の従前地の価格に等しいかこれより高額であると認められる。故に土地所有者は減歩による不利益を間接的に負担したということもできない。

(原判決一一枚目裏九行目より一二枚目裏一行目まで)

二、以上(一)、(二)、(三)、(四)で述べるところを理由として原判決は、上告人の区画整理事業の費用の負担は、措置法三一条の三にいう改良費に該当するとする主張を退けるのであるが、そもそも区画整理事業の費用負担は、整理法二八条一項で区画整理の事業に要する費用は、施行者(本件においては土地区画整理組合)が負担すると定め、同九六条で事業施行の費用に充てるため一定の土地を保留地となし得るものと定められた法規定に根拠を置いて課せられる費用負担である以上、任意の推量によってその存在を否定し得るものではない。然るに原判決が区画整理の施行による土地価格の増価があるから、減歩の不利益を負担したこととならないとの理由で費用の負担を認めないと判断することは、整理法一一八条、九六条の趣旨を無視ないし恣意的に否定せんとする法令違背の違法の判断といわざるを得ない。

而も右(一)-(四)の原判決論述の内容の意味するところは、「土地区画整理の事業は土地所有者の土地の一部を減歩して、これを事業の費用として投下することによって土地の整備改善が行なわれる結果、土地所有者の土地は換地として従前の土地に比し面積を減少するが、区画整理による土地の整備改善の効果で単位面積当りの経済価値が増価することにより、換地の面積が減少していてもその価額は、従前の土地の価額と同等又はより高額となるため、土地所有者の減歩による不利益は土地の値上り益と相殺されることになり、故に不利益を負担したということはできないから、事業に費用を投下したという主張は認められない」ということに外ならない。

これをいゝかえれば、土地の改良事業においてその事業のために投ぜられた費用が、改良事業の効果によって得られた改良後の土地の値上りの利益によって相殺される場合は、費用を投じた不利益を負担したこととならないから改良費を投下したとは認められないというに全く等しい。

このような論旨に従うならば、措置法三一条の三にいう改良費は、土地改良の結果その経済的価値が、改良前の土地の価額とこれに加えられた改良費用の価額との合計額を下廻る価額となった場合にのみ、その減価価額の不利益を負担したものとして該当を認められるに過ぎないこととなる。

措置法三一条の三にいう改良費が右論旨の如き意義を有せざることは、これを論証するまでもない自明の理であるから、原判決には法令の適用解釈を誤り、理由不備ないし理由齟齬の違法があり、その違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

以上いずれの論点よりするも原判決は違法であり破棄さるべきものである。

以上

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